明治38年、我が国が日露戦争で勝利したお祝いに、全国各地で提灯行列や戦勝祝賀祭が催されました。 同じく戦勝気分に湧き立つ若松では、仮装行列も行われました。各町内や料亭ごとにそれぞれ工夫を凝らし「義経弁慶」「戦国武将」「清水の次郎長」などの仮装で街へ繰り出し、お祭りムードを盛り上げておりました。その中でも特に、料亭金鍋のお客様四十七名が赤穂浪士に扮し芸者衆と練り歩く、「忠臣蔵」の行列はひときわ豪華なものでした。この行列は、お客様や街中の方々に大好評で、その後も恵比寿祭りの際、忠臣蔵の仮装行列を行う慣わしとなりました。その後、戦争や恐慌などでこの行事が途絶えたこともありますが、現在街おこし団体「若松忠臣蔵保存会」と若松の名士の皆さまの手で継続されております。かつての若松の繁栄を象徴するこの催しは、若松の粋人の心意気をも象徴しており、百有余年前より継承された「若松忠臣蔵」は、今や若松の冬の風物詩として欠かせない物となっております。